日本ケベック学会(日本でのケベック・フランコフォニー等に関する学術研究・芸術文化交流を振興・推進する学会)の公式ブログ

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「韓国ケベック学会シンポジウム」参加メンバーの報告

「韓国ケベック学会シンポジウム(5月9日)」の報告(5/14)

立花英裕学会副会長の報告と小倉和子学会理事の付記を掲載
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立花英裕日本ケベック学会副会長の報告

韓国ケベック学会シンポジウム(5/09).
«Le transculturalisme et l’écriture migrante au Québec»

 2009年5月9日に、韓国ケベック学会によるシンポジウム« Le transculturalisme et l’écriture migrante au Québec »が、Université Hankuk des études étrangères (韓国外国語大学校)で開催された。
 日本ケベック学会からは、小倉和子理事と私が参加した。新型インフルエンザ騒ぎで一時は出国さえ危ぶまれたが、なんとか大事に至らず無事に参加できたのはなによりだった。ソウルは晴天に恵まれ、半袖でも暑いくらい。ちょうど仏陀生誕の祭りが終わった後で、街路にはあちこちに提灯がつらなっていた。好天も手伝って、会場は友好的なムードに溢れ、終始、明るい笑いに包まれていた。
 シンポジウムは、各発表がなされた後にコメンテーターのコメントと質問があり、次に会場からの質問を受けるという形で進められた。招待発表者としては、私ども日本からの二人の他、ケベック・モントリオール大学のFrançois Hébert氏、中国・北京外国語大学のLI Hongfeng氏が顔を連ねた。韓国側の発表者はSHIN Ok-Keun(Université Korea), YOON Cheolki (Académie militaire de Corée), LEE In-Sook (Université Hanyang), HONG Mi-Seon (Univiersité Nationale de Kongju)だった。取り上げられた作家は、Régine Robin, Ying Chen, Sergio Kokis, Emile Ollivier, Aki Shimazaki, Patrice Desbiens, Paul-Marie Lapointe, Gilles Cyr, Monique Proulxなど、多岐にわたっていた。ケベックにおけるサハラ以南アフリカ人の移民を扱った発表も面白かった。
 総じて目立ったのは、Régine RobinとYing Chenの存在だろうか。特に、Ying Chenには二人の発表者が緻密な分析を加えていた。韓国のYOON Cheolki氏は、ジャック・デリダの『マルクスの亡霊たち』を引用しつつ、Ying Chenの文学を「起源の喪」、それも、「起源の喪の、ついに完遂しない作業travail inachevé du deuil de l’origine」として論じていた。それに対して、中国のLI Hongfeng氏はむしろ、Ying Chenを「中国人の魂」を語る作家としてとらえていた。その上で、『水の記憶La mémoire de l’eau』に見られる象徴的要素を解説していたが、中国では水が女性を象徴するなどの指摘が豊かになされていた。
 それにしても、Ying Chenを「喪」の文学としてとらえるのか、それとも「生」の文学としてとらえるのかでは、見方が正反対になる。このように対照的で、それぞれに面白い読みが発表されたのは単なる偶然ではなく、écirture migranteというテーマそのものの性格が引き寄せるのではないだろうか。
 Ying Chenの象徴世界を描いたLI Hongfeng氏のアプローチに、ある意味で近かったのが、小倉和子氏のAki Shimazaki論である。小倉氏も、日本人研究者ならではの視点からTsubakiHotaru を中心としたShimazaki文学の象徴世界を展開していた。そして、俳句、とくに季語や、日本人の戦争体験と作品との関わりを的確に分かりやすく説明していた。おそらく俳句が広く知られているためもあるだろうが、小倉氏の明快な発表は他の発表以上に活発な質問を集めていた。
 シンポジウムの発表はどれも充実していて、紹介が一部についてのみ詳しくなってしまったのをお許しいただきたいが、全体としてみれば、今回の成果は、なによりも東アジアとケベックの研究者が一堂に会して水準の高い議論を交わし、幅広い情報交換ができたことではないだろうか。今回のシンポジウムで結ばれたネットワークは、今後のケベック研究の発展を予感させるものがある。
 このような国際学術交流に支援の手をさしのべてくれたケベック州政府に深く謝意を表したい。また、HAN Daekyun会長をはじめとした韓国ケベック学会の先生方の熱烈な歓迎と周到な準備にも厚く感謝し、特記しておかなければならない。
 立花英裕
 日本ケベック学会副会長

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小倉和子日本ケベック学会理事の付記

(付記)今回のシンポジウムでは、自己のアイデンティティと他者性のあいだで内的なドラマを抱えながら書き続ける作家たちの諸相が取り上げられた。中でも、Émile Ollivierの « Regarde, regarde les lions » に登場する主人公は、訳も分からずライオンの着ぐるみを着せられて、仕事と称してサーカスに引っ張り出される。異国の地で、彼の傷つきやすい身体を覆うものは滑稽な毛皮しかない。立花英裕氏の発表は、この人物像の象徴的価値を多角的に分析するもので、Émile Ollivierのスケールの大きさを窺わせてくれた。
 一方、モントリオールから遠路来訪したFrançois Hébert氏は、他の発表者たちが皆ケベックに辿り着いた作家たちを分析する中で、écriture migranteのベクトルを変え、ケベックから「出発」しようとする詩人や、カナダの中で出発と到着を繰り返す詩人たちについて論じた。とくに、フランコ=オンタリアンの詩人Patrice Desbiensがモントリオールで故郷の朋友の死を悼んで書いた詩を紹介し、そこから、書くことによる死者のmigrationの可能性について思索を展開したのはまことに興味深かった。Hébert氏の分析はいわゆるécriture migranteの枠組からはいささか逸脱するのかもしれないが、Ying Chenにおける自己の「喪の作業」としてのエクリチュールとも考え合わせるべき、重要なテーマではないかと思った。
 帰国当日は、それまでの初夏を思わせる晴天から一転、私たちとの別れを惜しんで空までが泣いてくれているかようだった。HAN Daekyun氏への帰国報告への返事には、「まるで雨が3日間の幸福な高揚感を冷まし、私たちを日常に戻らせてくれたかのようでした」とあった。フランス語圏の詩の訳者としても活躍する会長らしい言葉だった。
 今回の参加で、日本より一足先にケベック学会を発足させた韓国のケベック研究者たちの層の厚さを実感し、東アジアでの学術交流の可能性に期待がふくらんだ。開催の準備に携わってくださったHAN会長や主催校のSHIN Junga氏をはじめとする多くの方々に感謝し、ケベック州政府の後援に厚くお礼を申し上げたい。
 小倉和子 
 日本ケベック学会理事(学会誌担当)

プログラム : http://quebecorea.blogspot.com/2009/05/le-transculturalisme-et-lecriture.html

シンポジウム会場の写真(韓国側から提供)
90516S11.jpg

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